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アーティストと生命(いのち)──GQ JAPAN編集長・鈴木正文 - GQ Japan

「アーティストは必要不可欠であるだけでなく、生命維持に必要なのです。とくにいまは」とは、ドイツのモニカ・グリュッタース文化相の発言である(「Newsweek」日本版3月30日配信)。ドイツをも襲った新型コロナウィルスの猛威のまえに、キャンセルされた文化イベントの担い手たちが受けた生活への打撃にたいして、政府がアーティストらに十分な保障=補償をする、と約束したさいのものだ。

わが国の首相は4月7日に緊急事態を宣言し、外出の「自粛」を呼びかけた。その直後にやってきた最初の日曜日、つまり4月12日、の午前9時すぎに、公式ツイッターを動画付きで更新、自宅のソファで愛犬を膝に抱いて顎のあたりを舐めさせたシーンをまず見せ、次いでカットがわりすると、紅茶らしきものを飲んでしばし放心したように虚空をながめ、そのあとに今度は本のページをめくる別カットがつなげられ、そして最後に、場所を移動してダイニング・チェアのごとき椅子に座ってテレビのリモコン・スイッチを入れ、何かを見ているといったていの在宅の様子を、56秒にわたる動画によって投稿した。このツイッター動画の画面は、じつは左右に2分割されていて、左側の半分では星野源が生ギターを抱えて弾き語りするシーンが流されている。歌っているのは、本人が4月3日にインスタグラムにアップした『うちで踊ろう』という曲で、星野源は画面の向こう側の視聴者をまっすぐ見つめて、「たまに重なり合うよな 僕ら/扉閉じれば明日が生まれるなら 遊ぼう 一緒に/うちで踊ろう ひとり踊ろう 変わらぬ鼓動 弾ませろよ/生きて踊ろう 僕らそれぞれの場所で 重なり合うよ/うちで歌おう 悲しみの向こう 全ての歌で 手を繋ごう……」と、語りかけるように、リズミカルに、歌っている。

いっぽう、わが首相は、56秒間、だれかがかまえているカメラだかヴィデオだかのレンズに目を合わせることは一度もしない。動画を見ている視聴者に、顔を向けない。あたかも、自分が撮られていることに気づいていないかのようにすら見える、あるいはそう見せている。入念なカット割りがおこなわれていることからも知れるように、これは演出家の指示にしたがって、あるいは、演出家との合意のもとにみずから演出を演出したのかもしれないけれど、いずれにせよ、なんらかの演出のもとに演技している。家でくつろいでいる様子を、あたかも無演出であるかのように「自然に」「リアルに」見せたかったのだよ、とでもいいたげなほど、不自然でアンリアルな在宅映像である。

この投稿に関連づけた、2つのツイートがある。まず、動画投稿とともに置かれたほうは、こう述べる。「友達と会えない。飲み会もできない。ただ、皆さんのこうした行動によって、多くの命が確実に救われています。そして、今この瞬間も、過酷を極める現場で奮闘して下さっている、医療従事者の皆さんの負担の軽減につながります。お一人お一人のご協力に、心より感謝申し上げます」と。ハッシュタグは、「# うちで踊ろう」「# 星野源さん」。

「友達と会えない。飲み会もできない」「皆さんのこうした行動」というのは、この文脈からすると、「うちで踊る」「うちで歌う」という行動を呼びかける星野源のインスタ投稿のような在宅呼びかけ行動もふくむ友達に会わないし、飲み会をしない行動、ということになるわけだけれど、そのおかげで「多くの命が確実に救われています」という。「確実に救われるであろう」という推論の形式をとらずに「確実に救われています」という事実認定型の断定をあえてしているところに、すこしひっかかるけれど、このツイートにはつづけて投入されたパート2があり、それはこういう。「かつての日常が失われた中でも、私たちは、SNSや電話を通じて、人と人とのつながりを感じることができます。いつかまた、きっと、みんなが集まって笑顔で語り合える時がやってくる。その明日を生み出すために、今日はうちで・・・。どうか皆様のご協力をお願いします」。

ということで、首相は、日曜の朝、「今日はうちで」を率先垂範している、というストーリーを描いてみせた。

端的にいって、これは芸術の政治的利用そのものだ。4月7日の緊急事態宣言よりも4日先行した4月3日の星野源の、自主的なインスタ投稿だったものをいまになって拾い上げて、みずからの公式ツイッターの投稿画面にそれをまんま借用し、『うちで踊ろう』という楽曲と、それを演奏する星野源を、首相の下した「補償なき外出自粛要請」という政策決定を後押しするかのような文脈のなかに投げ込んでいる。悪質な政治利用である。仮に、星野源が、自分のインスタ投稿が首相の公式ツイッターの投稿にまるまる利用されることに同意を与えていたとしても、それが芸術と芸術家の政治的利用であるというコトの本質は揺るがない。なぜなら、星野源の『うちで踊ろう』は、「補償なき外出自粛要請」の応援歌としてつくられたものでないことぐらいは、首相も首相の取り巻きも、そしてこの首相公式ツイッター動画の演出に当たった者もそれを企画した者も、当然のことながら知っていたにもかかわらず、それを、公式ツイッターの投稿動画の画面の半分を使って、「補償なき外出自粛」の呼びかけという政治的目的のために利用しているからだ。星野源への共感を表明し、芸術家を支援し、支持するためにではなく、かれの投稿を、みずからの政治的目的を支援・支持するものであるかのように見せた。その心根が卑しい。かくして画面左半分の星野源は「利用」された。

「アーティストは生命維持に必要なのです」と語ったドイツの文化相は、3月11日のプレス・リリースでは、「文化はよき時代においてのみ享受される贅沢品などではない」とも述べ、さらに「自己責任のない困窮や困難に対応する」と確言している。共感し、喝采を送る。

そして、最後に付けくわえたい。アーティストは、首相の政治生命の維持にも必要なのかもしれないけれど、そうまでしなければ維持できない政治生命は、維持される必要がない、と。

写真・操上和美

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April 13, 2020 at 06:00PM
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